神戸地方裁判所 昭和26年(ワ)398号 判決
原告 田中正栄
被告 近森香代
一、主 文
原告の本訴請求を却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、原告と被告とを当事者とする神戸地方裁判所昭和二五年(ワ)第七三五号家屋明渡請求事件において被告が神戸地方裁判所に乙第三号証として提出した別紙目録<省略>記載のような書面が真正に成立したものでないことを確認する。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、原告はその所有にかかる神戸市兵庫区有馬町一千百九十七番地上の家屋の階下を被告に賃貸していたところ、被告が訴外米田にその一部を無断で転貸したので、原告は右賃貸借契約を解除し、神戸地方裁判所にその明渡の訴訟を提起し、同庁昭和二五年(ワ)第七三五号家屋明渡請求事件として審理をうけていたところ、被告は右訴訟において真正に作成された書証(乙第三号証)として別紙目録記載のような書面を提出し、これをもつて、被告が原告から一ケ月金千五百円で賃借していた右家屋のうちその半分を訴外米田が原告から賃借するようになつて、原被告の右賃料も一ケ月金七百円に減額してもらつたのであるから、米田と原告との関係は直接の賃貸借契約に基くもので、被告が米田に転貸したものでない事実を立証せんとしているのであるが、右書面は全く被告が偽造したもので真正に成立したものでないから、その確認を求める為本訴に及んだのであると述べ、尤も右書面の真否は前記家屋明渡請求訴訟の判決で判断されるであろうが、右訴訟は原告がなした本件家屋に対する賃貸借の解除が有効であるか否かの点について審理される結果その終結は長引くものと予想しなければならない。しかるに、本訴は一書証の真否だけが審理の対象となるので非常に簡単であつて、早急に終結願えるものと思うのである。しかして本訴の勝敗の如何によつて、原被告間の究極の争である家屋明渡の問題が解決されるのであるから訴訟促進の趣旨に合致するのみならず被告は自己の立場を有利にする為現在並びに将来においても文書偽造のような不法行為をなす虞れは充分にあるので、もし本訴において被告の不法行為が明らかになれば、被告も前非を悟り将来発生するであろう無用の争を未然に防止することができる。このことは原告が被告に対し家屋明渡の訴訟を提起しているのに拘らず、その法律関係を証する書面の真否確認を求める利益を有する所以であると述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、本件文書の真否が当事者間に争となつていることは認める。すなわち被告は原告からその主張のような家屋の階下を借受けていたところ、米田に無断転貸したと主張して原告から神戸地方裁判所に右家屋明渡の請求訴訟を提起され、その審理中被告主張の以下説明の抗弁事実立証のため真正に成立したものとして原告主張の文書を書証として提出した。被告は原告から右家屋の階下表の間を飲食店営業の目的で賃料は電気代を含めて一ケ月千五百円(後電気代を含めないことにして一ケ月千二百円に改訂)で借受けすし加工業を営んでいたが、その後昭和二十五年三月頃営業権を訴外米田に譲渡する話があり、原被告並びに米田が三者協議の上被告と米田が半々で賃借することとなし、賃料は物置の使用料を含めて一ケ月七百円づつ二人で負担することとし、その支払をしたのに対し、原告が別紙目録記載のようなその領收の証として本件文書を交付してくれたのであつて、被告は右書面により米田が本件店舗の一部を借用するようになつて原告から賃料を七百円に減額してこれを受取つている事実から間接に原告と米田との関係が無断転貸でないことを立証せんとするものであつて、賃料を七百円として受領していることは原告も争つていないのであるから、本件書面の成立の真否によつて別訴で原被告間に争となつている家屋明渡の問題が決定される可能性は少しもないから、原告が本訴で本件書面の真否確認を求める利益がない、仮に、これありとするも以上述べたように本件文書は真正に成立したもので原告の請求は失当である、と述べた。<立証省略>
三、理 由
文書の真否確認の判決を求める訴は、先づ該証書が法律関係を証する書面であつて、しかもその文書の真否が確定されることにより原告の目的とする法律上の地位の安定が期せられるものでなくてはならぬ。しかして、本訴の目的たる文書が原被告間の家屋の賃貸借関係の存否の確定に関係ある書面であることは原被告の主張により明白であるが果して本訴の対象たる文書の成立の否定的確定が、原告主張の被告が原告から賃借中の家屋を原告に無断で訴外米田に転貸したこと従つてそれを原因とする原告の被告に対する該家屋の賃貸借契約の解除の適法性延てはその明渡請求権の存在をそれ自体確定して原告の法律上の地位を安定せしめるであろうか、本件文書はその記載により明かなように右係争事実の間接的証明の方法に過ぎず、その成立の真正が否定されてもこれにより、原告の右主張を争う被告抗弁事実の立証方法が決定的に皆無となるとは考えられず、被告は他の立証方法例えば人証等によりその抗弁事実の立証方法を有するであろうことが容易に観取され、原告の法律上の地位の安定はそれのみによつては期待できないのである。よつてその実体的判断に入るまでもなく本訴はその確認の利益がないものと解する。尤も原告は本訴の書面の成立の真否如何によつて別訴が促進されるとか、被告は自己の立場を有利にする為今後どのような書面を偽造するかもしれないから本訴によつて被告の不法行為が明白になれば将来発生すべき無用の争を未然に防止することができる利益があるというけれども本訴を別に起すことにより別件訴訟の解決が促進されるとも考えられぬし、後段のような理由では文書の真否確定の訴を独立に提起することは許されないものと解する。のみならず原被告間に権利関係自体の存否の判断のなされる訴である家屋明渡請求訴訟が提起されていること双方の主張上明であるから、前法律関係を証する書面の真否確認を求める本訴を重ねて提起する利益がないから右何れの理由からしても本訴は不適法として却下を免れない、よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石井末一 西川正世 細見友四郎)